八千草薫の夫や子供は?血液型は?宝塚時代が綺麗すぎる!

八千草薫さんのプロフィールや、現役宝塚時代の概要について著述します。

彼女のプロフィールは?

芸名 八千草 薫(やちぐさ かおる)
本名 谷口 瞳(たにぐち ひとみ)旧姓・松田(まつだ)
生年月日 1931年01月06日(86歳)
出身地 大阪府天王寺市
身長 154cm
血液型 O型
所属事務所 柊企画

大阪私立プール女学院

この記載にある通り、大阪生まれなのですが、なかなかのご高齢ですね。

プロフィールとしましても、なかなか昔から女優業を

営んでいるようです。

今は旦那と二人暮らしですが、彼らは、

ドラマを通じて出会い、日本の

演劇を盛り上げてくれました。

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憶測ですが、女学校ていうこともあり、

当時から、演劇に関する何らかのレッスンを

受けていたのでしょうね。

八千草さんの夫はどんな人?

女優として活躍される一方で、
八千草さんは、1957年、
映画監督の谷口千吉さんと結婚されています。

谷口監督は「芸術の黒澤、娯楽の谷口」
と言われるほどの名監督で、

アクション、文芸作品、コメディ作品などを、
多く残されています。

そして、三船敏郎さんを、
見出された人としても有名です。

ご自分の作品のイメージにぴったりだった、
当時カメラマン志望の三船さんを口説き落とし、
俳優デビューさせたのだそうです。

その後、三船さんは、
日本を代表する映画スターとして、

世界的にも有名になられているので、

谷口監督の眼力の鋭さが分かりますね。

このように旦那は、日本を代表する

映画の監督で、多方面で活躍する

俳優を輩出させた凄い人であります。

幅広いから、なかなかユーモアのある人で、

TSUTAYAでもレンタルできる

小津安二郎時代の昭和を彷彿とさせる

歴史的な作品を生み出せたのだと思います。

八千草さんを口説き落としたようで、

なかなかハリウッド並の

日本映画界の栄華を感じますね。

黒澤監督と並ぶということで、

日本の興業は、

彼らのおかげで作品を沢山生み出せたのだと思います。

夫との結婚は長く、おしどり夫婦として知られるそうです。

私見ですが、昔の俳優の夫婦はなかなか

おしどり夫婦や、長い関係の方が多くいますね。

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元気な姿は見るものを勇気づけますね。

八千草さんの子供は?

谷口さんの学生時代からの趣味である登山を、
たびたび、お二人で楽しんでおられたほか、

谷口さんは、65歳で自動車免許を取得すると、
85歳まで八千草さんの送り迎えをされるほど尽くし、

お二人の間には、谷口さんが、
若い頃にマラリアにかかったことが原因で、
お子さんができなかったのですが、

かえって、お二人の絆が、
強いものとなったのかもしれませんね。

このように夫婦円満の二人ですが、

なかなか子供には恵まれなかったようですね。

マラリアという病気は海外からの輸入の病気で、

当時はなかなか処方がなかったように思います。

でも、二人は趣味を通じて、

友好を深めたといいます。

自動車で送り迎えする姿は、

やはりおしどり夫婦として、

なかなか歴史を刻む名夫婦となるにふさわしいです。

今は話題にあがりませんが、

昭和の頃は、凄くテレビにも取り上げられ、

民衆を沸かせたのだと思います。

八千草さんの血液型は?

O型です。

大阪私立プール学院在学中に宝塚に応募し、合格。
その後女優としての第一歩を踏み出しています。

八千草さんは、天真爛漫な演技なので、

血液型O型にぴったりです。

宝塚でも、おおっぴろげな演技がウケて、

見事、女優デビューとなさったのでしょう。

八千草さんはどんな宝塚時代を送った?

八千草薫さんは1947年に宝塚歌劇団に入団しました。

1952年に初めて『源氏物語』の舞台に出演した八千草薫さんは、その演技力が評価され人気が出たようです。

 

その後は映画専科に所属することになり『宝塚夫人』や『千姫』などの作品に出演しました。

宝塚在籍中はお嫁にしたい有名人ランキングで1位を獲得したこともあるそうです。

 

1957年に宝塚を退団した八千草薫さんは、その後女優として活動するようになり、

ドラマや映画に多く出演しました。

このように彼女は宝塚時代に、お嫁にしたいランキングで一位になったということで、

日本の男子の憧れの的でした。

宝塚の名盤にも載っているそうですよ。

宝塚の代表作品で、なかなか演技力のある人ということで、

主演の舞台が多かったように思います。

私見ですが、宝塚の優秀な女優志望の人のなかから、

抜きんでるということは、相当、人望もあったように思います。

彼女の時代ですから、歴史的な作品を

多く生み出した時代の宝塚ということになります。

なかなか監督から愛された人でした。

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