【画像多数】石坂浩二の若い頃がイケメン!学歴や今の年齢は?

石坂浩二

最近では主に「鑑定団」やコメンテーター、審査員としての仕事をされていた石坂浩二さん。
今となっては、時の人といいますか。その昔、若かりし頃は超がつくほどのイケメンだったのはご存知でしょうか?!

若い頃の活躍も含め、まとめてみます。

石坂浩二

石坂浩二_金田一

石坂浩二_金田一

石坂浩二さんの代表作と言えば、こちら!!

映画「金田一耕作シリーズ」は、大ヒットして一世を風靡しました。

若い頃がイケメン!

すでにイケメン写真を公開しましたが、調べてみるとどの写真も男前なのです。

石坂浩二

石坂浩二

石坂浩二

石坂浩二

甘い笑顔にやられちゃいますよね(笑)

デビューのきっかけはというと、高校時代に「お源のたましい」にエキストラ出演したのが浅利慶太さんという演出家の目にとまり、劇団四季に入団。
舞台「泥棒たちの舞踏会」に出演。

テレビ界では、石井ふく子さんの目に止まり、1962年「しゃぼん玉ミコちゃん」、「潮騒」、「泣くなマックス」に出演されています。

舞台もドラマも大ヒット作品に恵まれていて、容姿はもちろん真面目さがそのような幸運をもたらしたのだと思いますが、運も実力のうちですからね。

石坂浩二

石坂浩二

1963年の大河ドラマ「花の生涯」にも出演後、「赤穂浪士」など毎年大河ドラマに出るようになりました。

出演経歴

容姿の良さと177cmという長身で、当時としてはかなり人目を引いたことから引く手数多だった様子。

1958年:ドラマ『お源のたましい』デビュー(通行人のエキストラ)
1969年:『天と地と』
1970年:『ありがとう』
1974年:『暗闇仕留人』
1975年:『元禄太平記』
1976年:『犬神家の一族』
1977年:『獄門島』
1979年:『草燃える』
1985年:『ビルマの竪琴』
2001年:『水戸黄門』
2003年:『白い巨塔』
2006年:『犬神家の一族 (2006年版)』

ドラマやCM、映画に引っ張りだこだったようですが、その才能はとどまるところを知らず、作詞、ナレーション、趣味の 絵画本の作品集出版にまで広がっていったようです。

絵画も!

上野の東京都美術館でトークショー『石坂浩二と楽しむボッティチェリ展』なども開催するほど詳しいそうです。

その際に収録されたTV番組の「鑑定団」で、その知識を披露。

「絵が明るくなることで“音”が聴こえるようになった」「ボッティチェリの絵は非常に日本的だと思う」など、プロ顔負けの知識を披露。

もちろんご自身でも作品を作成されており、アトリエもお持ちなんですって!!

2004年からは神奈川県青葉区内で自身がボランティアで
講師を務める絵画教室「HEY ART CLUB」を主催している。

絵画教室まで手がける石坂さんの作品画像です。

通販サイトのAmazonでその作品集が本として売られています。

スポンサードリンク

石坂浩二作品集

石坂浩二作品集 大型本 – 1998/4
https://www.amazon.co.jp/%E7%9F%B3%E5%9D%82%E6%B5%A9%E4%BA%8C%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86-%E7%9F%B3%E5%9D%82-%E6%B5%A9%E4%BA%8C/dp/4764818558

作詞家?

あまり知られていないような気がしますが、実は作詞も多数手がけていらっしゃいました。

浅丘ルリ子「朝の陽が赫い」「好き」
かまやつひろし「七階の窓」
劇団四季「真実の歌」
佐良直美「ゆびきり」
沢田研二「思い出はついてくる」
西玲子「期待」「なぐさめ」「なくしたもの」「翌日(あくるひ)」
ビリー・バンバン「さよならをするために」
藤田弓子「ためらいの明日」「追想曲」
牧葉ユミ「貝がらの青春」「運命のままに」
真木悠子「明日の海が見える」
真璃子「愛、リターン」
安井かずみ「九月の終り」(作曲)

海のテーマ

こう見ると、結構ヒットした曲が多く、石坂さんの才能は本物だと認めずにはいられません。
メディアへの出演経歴もドラマや映画だけではなく、多岐にわたって活躍されています。

司会・クイズの解答者・コメンテーター・絵画(二科展入賞)・料理・プラモデル・作詞・演出・脚本・ナレーター

かなりの多彩っぷり!!
今の芸能人にこんなひとっていませんよね。
尊敬に値すべきその才能の根源とは一体なんなのでしょうか?

学歴

石坂さんは、田園調布育ちのお坊っちゃまで慶應義塾普通部、慶應義塾大学の法学部法律学科と進学し卒業されています。
この私立に高校から受験で入ったということは、相当な偏差値ですからここからもかなりの勤勉さがうかがえますね。

多彩なのも、色々と興味を持ち勉強されたことから生まれてきた能力なのではないでしょうか。

ドラマありがとう

途中から慶應ボーイだったとは知りませんでした。
大学在学中から俳優活動をしていたとのことで、学業との両立は大変だったと思うのですが卒業されているので本当に熱心に取り組まれていたのでしょう。素晴らしい努力です。

今の年齢は?

現在は、75歳ということで高齢ではありますが、ドラマ出演などもされており、また石坂ミュージカル・エンタープライズの社長も務めてますので、まだまだ精力的に活動されていますね。

「開運!なんでも鑑定団」でプロデューサーとの仲違いを境にメディア露出が少なくなったものの、自伝を書いたり、趣味のプラモデル作成や絵画作品の作成など充実されていそうですね。

鑑定団降板の理由とは

絵画の知識もあって適役だと思われる番組の司会をなぜ辞めることになってしまったのか、気になりますよね!

プロデューサーの仕業

石坂さんが番組出演中に、プロデューサーが変わったそうです。
お酒の席でその方が石坂浩二さんに詰め寄り、

石坂さんが番組内で進行を務める『鑑定ルーム』について
「何であんなにつまらないコーナーをやっているのか!」と罵声を浴びせたそうです。

その時から2人の間に確執が出てきしまったそう。

2011年に島田紳助さんが降板したことをきっかけに、プロデューサーが編集で石坂さんの出演時間をカットすることで、2016年の3月の自主降板に追いやったのだとか。
これには石坂さんご本人も「TVって怖いですね」と発言されてます。

石坂さんの才能は、TVの中だけではないのですから、これからもその才能を惜しげもなく発揮し続けて私たちを驚かせていってほしいです。応援しています!!

 

スポンサードリンク