岸部一徳の若い頃の愛称はサリー!バンドでベースの腕前が凄すぎた!

芸能界最高の脇役と呼ばれている岸部一徳さん。

最近ではドクターXで、主人公の側近としてなくてはならない役をを演じ、
良いアクセントを加えていましたね!


他にも多数のはまり役を演じ、安定した人気があります。

今回はそんな岸部さんの若い頃についてご紹介していきたいと思います!

 

岸部一徳の若い頃の愛称はサリー

岸部さんは俳優として活躍される前は、ミュージシャンとして第一線で活躍していたそうです。
また、バンドの解散などにより、点々としてたようですが、どのバンドも一流といえるクオリティだったようです。

身長は、181cmもあります、この身長から、
「のっぽのサリー」にひっかけて、”サリー”と呼ばれるようになります。
そして、バンドを組んで、ベーシストとなります。1967年には、「タイガース」としてデビュー。
このころも、「サリー」としてバンドのリーダーとして活躍。

バンドの中でもリーダーを務めていたのですね!
その腕前が確かなことが伺えます(^◇^)

ザ・タイガースはボーカルに沢田研二さんや瞳みのるさんがいて、女性にも大人気だったようです。
このころは、本名の岸部修三(きしべしゅうぞう)を、きしべおさみと名乗って出ていました。
1971年にタイガース解散の後は、沢田研二、萩原健一、井上堯之他と「PYG」というバンドを結成。
ただ、沢田研二さんや、萩原健一さんがソロでも忙しくなり、解散。
その後、「井上堯之バンド」として独立します。

今でも著名な方とのバンドばかりですね!
岸部さんもその中の一人なのですが(^◇^)

ベースの腕前は超一流!

岸部さんの腕前は評判がとても高く、現在の日本を代表するベーシストの一人である後藤次利さんに教えたこともあるそうです。

また、世界的ベーシストのジョンポールジョーンズさんは、

初めて日本に言ったとき「PYG」という日本のバンドをテレビで見た。そして、俺たちの「Babe I Gonna Leave You」をやっていたんだ。
ベースのやつはとんでもない凄腕でね。俺よりもいいんじゃないかと思ったぐらいだ。会いたかったんだが、結局会えずじまいだった。

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と話しています。
あのレッドツェッペリンのベーシストに、自分よりも良いと思わせるとは相当な腕の持ち主だったんでしょう(^◇^)
日本を代表するミュージシャンの一人だったと言っても過言ではないでしょう!

太陽に吠えろのテーマ曲も担当

誰もが一度は聞いた事があるあの音楽も実は岸部さんのバンドがやっています!

ベーシストとしての岸部さんの活躍はなかなか耳にすることはありませんでしたが、
音楽自体は知らず知らずのうちに聴いていたということですね(^◇^)

あの名刑事ドラマ『太陽にほえろ!』のテーマ曲、ありますね。

テーレッテー、テッテレー、テーレッテ~♪

ってやつです。

あれは、「井上堯之バンド」が演奏しているのです

 

ミュージシャンとしてこれだけ成功していた岸部さんでしたが、1975年に井上堯之バンドを脱退しました。
音楽シーンにまつわる時代の流れと、バンドの方向性の違いがあったようです。

その後は本名の岸部修三から名前を岸部一徳に変え、俳優として本格始動したようです!

俳優へ転向してもなおミュージシャン時代と同じレベルといっていいほど成功するあたり、岸部さんの多才さを感じますね(^◇^)

現在も凄腕ベーシスト

長らく俳優業に専念している岸部さんですが、ベースを披露する機会が7年前にあったそうですが、その時の岸部さんの腕前が衰え知らずだ、と話題になったそうです。

2011年から2012年に行われた、沢田研二さんのライブで、
再び、ベーシストとしてステージに立たれた岸部さん。

披露されたベースの腕前はご健在ということで、表立った音楽活動をひかえられていた時期もベースを続けられていたことが伺えます。

ベース愛が伝わってくるエピソードですね!
復活ライブを一夜でもいいので聞いてみたい!という人も多いのではないでしょうか(^◇^)

今回は岸部さんの若い頃とベースの腕前を中心にご紹介しました。
若い頃だけを見ても魅力的な大人という感じの岸部さんなので、他のプライベートな面を探ってみても面白いかもしれませんね!

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