高嶋ちさ子の母親が死去。病気で寝たきりだった母の難病の病名は?

高嶋ちさ子さんのお母さん、高嶋薫子さんが2017年8月29日に亡くなられました。

ちさ子さんとお母さんとの関係や、病名、難病説、寝たきり説などについて調べてみました。

 

母親はどんな人だった?

お名前は高嶋薫子(たかしまかおるこ)さんです。

お母さんはピアニストで、ピアノの先生もやっていました。

ごく自然に、ちさ子さんも5歳でピアノを習い始めますが、楽譜を全然覚えられなくて、2ヶ月で辞めさせられます。

実は、お母さんはとても気が短い人で、「デビル」と称されるちさ子さんは、お母さんのDNAを引き継いだのでした(^^;)

母・薫子さんは肉と麻雀が大好きで、ちさ子さんが「どうせ振り込んでるんでしょ!」とからかうと、カーっとなってケンカになります。

ちさ子さんが小学校で、先生の事を「先公」と呼んでお母さんが呼び出された時は、

”あなた 先公と呼ばれて親を呼び出していたら 先生は勤まりませんよ!”

と逆にやり込めてしまい、それからは呼び出されなくなりました。

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ちなみに、お父さんは洋楽ディレクターとして、あのビートルズを日本に紹介した高嶋弘之さんです。

まさに音楽一家といった感じですね。

学校の先生とのエピソードが物語っているように、お母さんの薫子さんも気が強い性格だったようです。

ちさ子さんの性格はお母さんゆずりのものだったんですね。

ちなみに、「デビル」というのは高嶋ちさ子さんの子供時代のあだ名だそうです。

一体どんな行動をとったらそんなあだ名になるんだろう…笑

ちなみに、お母さんは高嶋ちさ子さんにこんなコメントをされています。

自分に寛大で他人に厳しい、子育てはもっとゆっくりした気持ちで育てて欲しい、健康でもう少し心の広い人間になって欲しい

「自分に寛大で他人に厳しい」ですか…中々厳しめなコメントですね。

これもちさ子さんの事を思っての事だとは思います。

 

母の死去

先述した通り、高嶋ちさ子さんのお母さん、薫子さんは2017年8月29日に亡くなられました。

娘の高嶋ちさ子さんは自身のツイッターでこう語っています。

「愚痴を言いたい相手はこの世にいない」

高嶋は「母が亡くなって、残された高齢の父と高齢のダウン症の姉の事。ぷち反抗期の長男に甘えん坊の次男の事。そしてコンサートの事。私にのしかかる物は想像以上大きく」と現状を吐露。

その上で「愚痴を言いたい相手はこの世にいない。本当に困ったと思ったら、朝になってた。取り敢えず動くしかない。人生は過酷だ!」とつぶやいた。

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子育てやダウン症のお姉さんのこともあり、なんでも相談できるお母さんの存在はちさ子さんにとってとても大きかったようですね。

また、自身のブログではこう語っています。

「母8月29日に亡くなっちゃったんです。ツアーの直前だったので、誰にも言わず家族で見送りました。平成肉年8月肉日 母らしい日を選びましたね。夜爪を切ると親の死に目に会えないって言うけど、本当に会えませんでした」

「母らしい日を選びましたね」とありますが、お母さんはお肉が大好物だったそうです。

「2年6ケ月の闘病生活。活発な母にとっては地獄だと、よく言ってました」と明かし、「母が亡くなってからなんだか、母に見張られてる気がして、おちおち怠けたりできません。見張らないで、見守って欲しいです」

次は2年6か月におよんだ闘病生活について調べてみました。

 

母の病気の真相

お母さんの病気について、詳しく調べてみました。

寝たきり?

どうやらお母さんは2015年の末あたりから寝たきりの状態だったようです。

ちさ子さんが自身のブログで明かしています。

ただ、意識がないわけではなく、動けない状態だったということのようです。

病気の初期は入院されていたようですが、晩年は自宅介護となり、ちさ子さんのお姉さんが介護をしていたそうです。

お姉さんの未知子さんはダウン症との事なのですが、症状が軽度ということで、お母さんの介護をしていたようです。

それでも月に一回は通院されていたようですが、その際はちさ子さんが付き添いをしていたようです。

その際はお兄さんも会社を休んで付き添いに来ていたようですね。

難病?病名は?

難病?という噂もあったようですが、病名などは一切公開されていませんでした。

ただ、寝たきりになってしまったということですから、難病だった可能性は高いのではないかと思います。

関連記事:高嶋ちさ子の旦那との馴れ初めは?子供の小学校や年齢は?

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